平成元年〜
造成工事は隣接農家の知らぬ間に始まった
平成元年の秋、私の芝畑の隣で酪農団地の造成工事が突然に始まった。その底地は、少し前まで私が知己の地元農家から借りていた農地で、一帯に広がる私の芝畑の一部だった。
造成工事が始まる少し前に、地権者から「もう土地を貸せないと思う」というような話を聞いていたが、酪農団地ができるとは寝耳に水。
当時の私は、営農意欲の減退や後継者不在といった理由で農地を手放したがっている地域農家から土地を借り受け、自己所有地以外にも芝畑を広げて高収益を上げていた。自慢をするわけではないが、本業の農業収入だけで何度も高額納税者入りした農民は、地元税務署管内では私くらいだろう。
ただ、周辺地域と同様にいずれ宅地化したいというのが地域の総意であることは熟知していたので、市街化が進む西区発寒の酪農家が1戸だけ、家畜糞尿の悪臭や汚水ごと移転してくるという話に驚きと憤りを覚えたのだった。
写真=地域で大規模に芝生産を行っていた私は、酪農団地に隣接する5,000㎡の賃借地でも上質芝と呼ばれるケンタッキーブリューグラスを育てていた。独自のノウハウとオリジナルの農業機械で他の芝生産者が真似できない高品質化を実現していたので、単価は1㎡当たり500〜600円。口コミで飛ぶように売れるため営業マンを雇う必要もなく、おかげで私は高額納税者になった。
盛土造成で周辺農地の水はけが極端に悪化
造成工事が始まって間もなく、周辺の農地に悪影響が出始めた。計画地に隣接する私の芝畑は水はけが極端に悪くなり、荒天後は雨水が滞留するようになった。
その理由は明確だ。酪農団地の造成工事で盛土が行われたため、これまで土壌に浸透した後、南西の新川方面に流れていた地表に近い水脈が遮られたのだ。
盛土造成の弊害は他にもある。水が低い方に流れるのは当然で、かさ上げされた造成地に降った雨水は周囲の農地に流れ込み、芝畑に滞留する水量は目に見えて増した。酪農家が引っ越してくれば、雨水だけでなく家畜の糞尿や生活排水が流れ込む事態は容易に想像できる。
造成工事が始まる以前、芝畑の排水は計画地の面する前田2号道路沿いにある素堀り側溝だけで用が足りていたが、今後はそうはいかない。そこで、造成工事の事業主体である財団法人北海道農業開発公社(現・公益財団法人北海道農業公社)の担当者に暗渠排水を入れるよう要望したが、その必要はないと一蹴された。
土埃を舞い上げて造成工事は進んでいったが、翌春以降のことを考えると「都市型酪農の試金石」などと好き勝手なことを言って、酪農団地事業を主導する札幌市への怒りは増していった。
写真=もともと水はけの良い土地だったが、盛土造成で地下水脈が遮られて営農環境は一変した。地域農業への影響を考えずに酪農団地を連れてきた札幌市農政の責任は重大だ。
いきなり出現、出口のない側溝って何だ!
明けて平成2年3月19日、私は農業開発公社の永沢悟理事長(当時)宛てに要望書を送った。
酪農団地の構想については基本的に理解しているとした上で、移転してくる酪農家は市街化区域内での乳牛飼育が問題とされたようだが、移転後も汚物や汚水のたれ流しによる悪臭や糞害をはじめ、衛生上の問題が当然予想される。それにどう対処し、酪農家に対してはどのような指導をしていくのか──といった内容で、隣接地で営農する地域住民として心配される点を質したものだった。
だが、要望書を送って数日後、造成地で予想外の動きがあった。私の芝畑と接する2辺の境界付近にL字を描くように幅約1メートル、深さ約1・5メートルの側溝が掘られていたのだ。側溝とはいうものの水の出口がなく、実態として単なる溝。3月22日に農業開発公社の担当者や札幌市経済局農務部(当時)の畜産係長らを呼んで見た際にも、雪解け水や土壌から浸出した地下水が行き場もなく溜まっていた。
写真=水の出口のない側溝に何の意味があるのか。公社や札幌市の職員らを呼びつけた際も、この「愚策」を目にして言葉を失っていた。
まだ地権者でない酪農家が勝手に側溝を掘っていいの?
同日、私は造成地の盛土の撤去や側溝の水の除去、前田2号道路から芝畑に飛散した土砂を取り除くことなどを公社の担当者に要望した。
だが、後日(3月28日付)に道央支所長名で送られてきた文書では、盛土は施設用地の造成に必要で撤去は不可能、排水溝(側溝)は公社事業ではなく、移転する酪農家自身が牛の脱柵及び土砂や圃場表面水の処理のため実施したと聞いており、この排水が私の芝畑に悪影響を与えているかどうかは今後調査して判断すべきとのことだった。
私の要望のうち約束が取れたのは、芝畑に飛散した土砂の除去のみだったが、この時点での造成地の地権者は農業開発公社。移転が決まっているとはいえ、まだ何の権利もない酪農家が勝手に側溝を掘ることが許されるものなのか、そもそも約150メートルもの側溝を地域住民に気付かれることなく掘れるものなのか、私は今も疑問を抱いている。
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この「側溝事件」に至って、農振法の網で身動きできない状態にした挙げ句、悪臭や汚水を垂れ流す酪農団地を地域に一言もなく連れてきた札幌市農政に対する不信感は頂点に達した。
市農政への抗議活動を展開しようと自前で宣伝カーまで用意し、地域の有志と「前田の環境を守る土の会」を結成したのは、この件がきっかけだった。(つづく)
写真=公社は芝畑に飛散した土砂やゴミは取り除いたが、他の要望は無視。側溝の一件が、宣伝カーを繰り出して大々的に反対運動を始めるきっかけとなった。